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美鷹学園では二週間に一度、火曜日に各委員会会議及び生徒会会議が行われる。生徒会では毎回、各委員会の議事録の取りまとめと目安箱に入っている意見についての対応が議題だ。ただし今週は、先週行われた新入生に対する生徒会への勧誘結果の報告もあった。

 三年生は、事実上は夏休みまでで部活も委員会も生徒会も引退となる。ただし、生徒会だけは形式上では二学期に開催される文化祭にて任命式と引退式が行われる。それまでに次の役員に立候補する二年生が始業前や昼休み、放課後に演説を行い、最終的には全生徒からの投票をとって次の役員が決定する。立候補者がいなければ三年生の生徒会役員が話し合いの末に任命することになっている。だがその前に、一年生を生徒会に入れなければならない。その為のオリエンテーションが先週あった。生徒会長である麻里が、生徒会の役割ややりがいを演説したのだ。

「うーん…。希望者少ないなぁ」

 一年生の教室から回収してきた用紙に目を通しながら、麻里がつぶやいた。上限人数八人に対し、希望しているのは半数の四人しかいない。

「わかりにくかったかなぁ、あたしの演説」

 口を尖らせる麻里に、すぐさまフォローを入れるのは浩倫だ。

「わかりにくいとは思わなかったけどな。でも生徒会ってどうしても真面目で堅苦しいイメージがあるから。興味はあっても足踏みしてる奴もいるんじゃないか?」

「今更だけど、もっと親しみやすさを前面に出しても良かったかも」

 浩章の言葉に注目が集まる。

「親しみやすさって?」

 麻里の隣で、詩乃は口を挟まずひたすらに議事録を取っている。一心に、ただペンを動かしていく。

「実際に何をやっているか、生徒会室まで来てもらうとか。ほら、部活には仮入部期間があるだろ。あれと同じような感じで、見学してもらったり、ちょっと手伝ってもらったり」

 おお、と声が上がった。

「それ、いいかもね。申請してみようか。ね、みんなはどう思う?」

 二年生たちに意見を求めると、誰もが賛成を唱えた。

「じゃあ決定ね。ね、詩乃もいいでしょ?」

 詩乃は一心不乱にペンを動かしている。ひたすらノートに書いている。

「…詩乃?」

 ただ、手を動かす。そうしていないと、何か黒いものに飲み込まれる。

「詩乃!」

 麻里が詩乃の右手を掴んで、それでやっと詩乃は顔を上げた。

「あ…。何?」

「何、じゃなくて」

 麻里が詩乃の手元を覗き込む。そこには、きっちりと議事録が書かれてあった。

「どうしたの。気分悪いの? その割には仕事が完璧だけど…」

「えっと…。ううん、ごめん」

「いいけど…。で、詩乃はどう思う?」

 議事録はきちんととってあるのに、詩乃が答えるまでには間が必要だった。

「うん、あたしも賛成」

 麻里はしばらく詩乃を覗き込んでいたが、ほかの生徒がいる為か特に追及はしなかった。

「じゃあ、決定ね。それで、具体案だけど、どういう風に呼び込む? 学校新聞や放送で呼び掛けるにしても、ただ公開活動してるっていうだけじゃ集まらないと思うんだよね」

 その場にいた詩乃以外の全員が考える仕草をしたが、最初に口を開いたのは今度も浩倫だった。

「喫茶店でも開くか? インスタントなんかじゃなくて、茶道部に頼んでちゃんとしたのを淹れてもらって、おいでませ生徒会って」

「茶道部がお茶をたてておいでませって言ったら、それはもう茶道部の勧誘だと思う」

「じゃあたこ焼きでも焼くか。みんな好きだろ」

「たこ焼きもいいけど綿飴もいいな」

 そう言ったのは浩章だ。彼は続ける。

「種類は多いほうが人を呼べるし、甘いのが苦手ならレンジでチンのカレーでもいい」

「なるほど、いいなそれ。そうだ、ただ振る舞うだけじゃつまんねぇから、輪投げでもさせるか。で、食べ物が景品」

「賛成だ。なら景品にはハズレもつけよう。教頭のヅラ取ってくるとか」

「いやいや、取るなら教頭のヅラより校長の化粧だろ。クレンジング投げつけさせようぜ」

「おお、冴えてるな、お前!」

「そこのバカ双子。これ文化祭の出し物じゃなくて生徒会の紹介だから」

「そのつもりだが?」

「そのつもりだよ?」

「そのつもりなの?」

 三年生のやり取りに、二年生たちはくすくすと笑っている。いつもの光景なのだ。

「だってほら、そのくらい砕けた雰囲気って伝わった方が良いだろ」

「そうそう、校長の化粧も砕けた方が良いだろ。人類と地球の為に」

「雰囲気の前に生徒会そのものが砕かれるわ」

 麻里が書類を丸めて、ぱこんぱこんと男二人の頭を叩く。

「もういい。具体案は各自明日までの宿題にする」

 宣言して、生徒会役員たちを見回した。

「明日の放課後までに、全員が最低一つは案を考えてくること。明日は臨時会議とします。塾とか習い事がある人は誰かにその旨言づけて、出席できる人はなるべく出席。もう時間も無いから、いる人で決めます。質問は?」

 ありません、と二年生から返答があった。

「よし。じゃあ次の議題。目安箱に入っていた投書について。配布した書類はみんな目を通した? まあ授業が多いは問題外として、上岡先生への文章は書いてある通り。これは折を見てあたしが代表として校長先生に提出します。で、メインの一年生の依頼ね」

 麻里の言葉に、各々が配られている書類に視線を落とす。

「本人から聞き取れた内容を基にXを探そうと思うんだけど、どんな手段があると思う?」

 三年生たちである程度決めた方針があるにも関わらずに麻里がこう言うのは、二年生たちにも考えてもらうためだ。秋になれば三年生は引退する。その前に、自分たちで問題を解決する知恵と力を身につけてもらわなければならない。

 しばらく沈黙があったが、やがて二年生の中の一人、女子生徒が手を挙げた。

「やっぱり、商店街を見張るのが一番じゃないでしょうか。塾が休みの日に限られますから時間はかかりますけど。さすがに塾も毎日はないはずですし」

「うん、じゃあまずは塾の休みを本人に確認ね。他は?」

 次に手を挙げたのは、小柄な男子生徒だ。

「モンタージュはどうでしょうか。いくら逆光だったとしても、荒木さんも立ち上がって会話をしているわけですから、少しくらいは覚えていると思います。出来るだけ顔の特徴を聞きだして、それを基に僕たちが二年生と三年生をあたって、少しでも絞り込んでから本人に確認してもらったら…」

「おお、モンタージュね、なるほど。他には何かある?」

「わざわざ足を使わなくても、データベースがあるんじゃないですか」

 そう言ったのは、すらりとした長身の二年生の女子生徒だ。詩乃と同じく書記役に就いている。名前を、甲斐田仁美という。うかつな教師が口を滑らせた時、彼女もその場にいたのだ。もちろん、詩乃たちとともに固く口止めされたはずだが。

「私たちの情報は、名前も住所も背格好も、すべてデータ化されているんですよね、先生」

 事情を知らない二年生が少しざわついたが、甲斐田は気にせずに細い目で西園寺を見た。そこにいることも忘れるほどに黙っていた西園寺だが、呼びかけられると反応する。

「ああ、全部パソコンに入ってるよ」

「それ、もちろん絞り込み検索が出来ますよね?」

「まあ、出来るな」

「ではそれで探すのが一番早いです。外で見張るよりずっと短時間で効率的です」

「知っているだろう。生徒の閲覧は認められない」

「何事にも例外はあると思います。それに、私たちは一般生徒ではなく生徒会です」

「生徒であることに何か変わりがあるのか?」

 すげなく切り返されて、甲斐田は黙った。西園寺は長い脚を組んで、まっすぐに甲斐田を見つめる。

「一昔前ならともかく、この個人情報保護が過剰に叫ばれている時代にほいほい閲覧させられるわけがないだろう。教師だって、アクセスするのにいちいち申請書出して校長からの許可がいるのに」

「じゃあ先生が申請して見せてもらえば…」

「それじゃ生徒会が解決したことにはならない。自分の足を使いたくないから教師に丸投げして探してもらいましたって、君が荒木に言うか?」

「それは…」

「荒木は、生徒会なら探してくれると思ったからこそ助けを求めたんだろう。なら責任を持て。安易に楽な方に頼るんじゃない」

「でも効率は大切だと思います」

「同感だ。では聞くが、データベースの存在は、生徒たちは知らないことになっている。今、君が口に出したことでこの場にいる全員に存在が知れた。よって俺が今から君たち全員に口止めして回らなければならない。そして口止めしたところで君のようにぽろりとこぼす生徒は出てくるだろう。人の口に戸は立てられないからな。つまり、極端に言えば全校生徒はもちろんその家族にもデータベースの存在が知れ渡る危険が出てきたわけだが、この事態の収束と商店街での張り込みと、君はどちらが効率的に済むと思う?」

 その言葉に、甲斐田が怯む。

「口が滑ることは誰にでもある。実際、教師が口を滑らせたから君たちが知る事態となった。これについて責める気はない。だが、効率重視に捉われて取捨選択を間違えるな」

 不承不承と言った顔を隠しもせず、甲斐田はそれでも一応ははいとうなずいた。

「はい、じゃあ今度はあたしたち三年生の意見だけど」

 仕切り直しというように、麻里がぱんと手を叩いた。

「あたしたちも、商店街の見張りを最初は考えたんだけどね。詩乃が逆の意見を出したの」

 生徒会長だけあって、麻里は間の取り方がうまい。二年生は全員彼女を見つめた。

「荒木さんの塾の休みにしか動けないのは確かに時間がもったいない。彼女にはあんまり時間が無いの。だから、荒木さんではなくXの記憶を頼る」

「というと…」

「荒木さんの顔写真を持って、商店街を通る高校生に片っ端から声をかけていくの。これはあたしたち生徒会役員が全員で当たる。もちろん、習い事とかある人はそっちを優先していいから。Xだって、荒木さんの顔は覚えていないかもしれない。けど、倒れた自転車を起こしていったっていうのは、中々忘れないと思うの」

 おお、と何人かが声を上げた。

 その後特に意見は出ず、本日の会議は終了となったのだった。

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