そして、今。
「ねぇ」
「…なんだよ」
「「たけうま」は、少しはあの子の救いになったのかしら」
「そうであると思いたい」
「こっちの正体は教えなくていいの? あたしたちが二人で「たけうま」なんだって。なーんか黙っているのも申し訳ない気がするのよね」
「別に必要ないだろ。こっちが誰だか分からないから安心してる部分もあるだろうしな」
「ふうん。そんなものかしら。というか、あんたさぁ…」
言葉を切った幼馴染に、西園寺は嫌な予感がした。この先は聞かない方がいいような気がする。しかし高砂は、にやりと笑って西園寺に告げた。
「誕生日ならたけうまとして聞けばいいのに」
…ああ、やっぱり。
西園寺は頭を抱えたくなった。確かに口止めはしなかった。だが、口止めをしたら何か勘繰られると思ったのだ。しかしよりにもよって斎川麻里ではなく高砂篤子に話すとは。逢坂め。
西園寺の意図を正確に読み取った高砂は、やはりにやにやと笑っている。
「というか、あんた担任なんだから誕生日確認するくらい陰でどうにでも出来るでしょうに。本人に聞くところが馬鹿真面目っていうか不器用っていうかただのアホというかなんかもう残念というか」
「うるさい。ほっとけ」
「十八歳になるのを待つなんて、律儀よねー。でもまだ待たされるのよねー。明日で卒業しちゃうのにねー。かーわいそーうはははは!」
「うるさい。黙れ、酔っ払い」
「しかも本人にまったく通じていないんだから涙が出てくるわよねー。笑いすぎで」
「…楽しそうだな、お前」
「うん、楽しい。とっても。うふふ。だってクールぶってるあんたが、あの子にお父さんてこんな感じかしら、くらいにしか思われてないと思うと…。ぶふふ」
「言うな。俺だって薄々そんな気はしてる」
「まずはお父さんの打破ね。応援はしないけど爆笑はさせてもらうわ」
「ガムテープで口塞ぐぞ。いいからほっといてくれ」
「了解。あんたのことはほっといて詩乃ちゃんにちょっかいかけよっと」
「もっとやめろ!」
ビール片手に去っていく幼馴染に西園寺は舌打ちしたが、まあいいかとノートパソコンに向き直った。やれやれと息をついて、電源を落とす。
「……お休み、逢坂」
その声は、誰に向けるものよりも優しかった。