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 こうして俺は、彼女と死に別れた。

 泣き叫ぶという言葉では足りないほどに咆哮した後、俺の状態は廃人に近かったと思う。

 親父が死んで、彼女が死んで、なのにどうして自分は生きているのかと、そればかり考えていた。

 そしてある日、夢を見た。

 彼女が笑っていた。

 都合のいい夢だ。それでも、縋りたかった。

「恭ちゃん」

 彼女は一言そう言って、俺はやはり泣いた。

 やっと気が付いた。俺は生きているのではない。生かされているのだということに。

 涙が流れ終わった後、俺は立ち上がった。

 

 高校卒業後、タケトは宣言通りに地元大学の法学部に進んだ。受験期間中も、ファミリーレストランのバイトは日数を少なくしただけで一日たりとも休まなかった。それで学年首位で高校を卒業したのだから、頭が下がる。

 しかし。

「この前さ、母さんに怒られたよ。レモン買って来てって頼まれてキウイ買っていったら」

 それは怒られるだろう。

「だって似てるんだもん」

 似ていない。断じて似ていない。今更ながら、ウェイターとはいえよくもまあ飲食店でバイトが出来るものだ。

 草野夫婦に変わりはない。弁護士事務所の評判は上々で、忙しくしているらしい。

 そして、俺は。

「こぉの、バカちんが!」

「てっ…」

 相変わらず、師範から手刀を食らっている。

「やーい、師範代のくせに怒られてやんのー」

「やかましい」

 白峰道場史上最年少で師範代に就いた俺は、ひたすら稽古漬けの日々を過ごしている。先だっての社会人大会で優勝してまた少し騒がれたが、さほど気にならなかった。

 先代の師範代は、ある日突然消えた。師範には何か言っていたようだが、俺には伝言も置手紙もなかった。どこまでも師範代らしくて、苦笑するしかない。

 師範代に就任した。口数がさらに減った。背が伸びた。放っておいたら髪も伸びた。雪が苦手になった。それ以外で、変わったことはない。

 どれだけ叫んでも、変わることは何もなかった。

 誰も帰ってこなかったし、これからも帰ってくることはないのだろう。現実は、残酷なほどなにも変わらない。

 

 時折、ふらりと彼女の墓に足を向ける。墓石の前に座り込んで、ただ彼女の名前を見つめるのだ。見つめていたところで何かが起こるわけではないが、どうしても見ていたいと思う時がある。それは、寒い日に多い。

 ゆっくりと右手を伸ばして、墓石に触れる。当然ながら、冷たい。あの時の、彼女の身体のように。自分だけに血が通っていることを思い知らされて、俯いてしまう。

 しかし俯いても、俺はそのうち顔を上げる。

 今でも時々、どうして俺は生きているのだろうと思うことがある。そんな時、彼女の遺言ともとれるあの言葉を思い出す。

 優しいということに他人の意を汲むことも含まれているのだとしたら、俺は生きなければならないのだろう。望まれていない死が、どれだけの痛みと傷、喪失感をもたらすか知っているから。

 そういうことだろう?

 もう二度と会えない。名前を呼ぶこともない。それでも、想うことは止められない。

 

 俺にとって彼女がなんだったのか、今でもよく分からない。親父の死の上に成り立ったあの出会いを、美化するつもりもない。

 ただ、今でも彼女を想う。例えばファミリーレストランへ行く時。商店街を歩く時。自転車置き場から階段へ向かう時。部屋の前を通る時。ふとした瞬間、彼女の影を探してしまう。

 いるはずがないと、分かっているのに。

 彼女は延命を望んでいなかった。彼女が望んだのは、恐怖からの解放だ。解放されただろうか。もう、苦しんではいないだろうか。あの世というのがあるのなら、何が何でも彼女には極楽にいてほしい。彼女はもう、この世で十分地獄を味わったのだから。

 そんな風に、今日も思う。彼女を想う。

 

 大丈夫。俺は生きるよ。優しいままで生きていく。

 だからもう少し、想うことを許してほしい。

 胸を張って言えるから。

 

―――紫さん。あなたに会えて、幸せでした。

 

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