偶然、にしてはやっぱり出来すぎている。
「あんたさぁ、やっぱりあたしのストーカーなんじゃないの?」
恵子の問いに、直城はしばらく答えなかった。答えられる状態ではなかったからである。
「お、おまえ、なぁ…」
ぜぇぜぇと荒い息をどうにか整えようとしているのだが、あまりうまくいっていない。
時刻は、間もなく日付を越えようかとしている。そんな時間に男女二人、場所は公園。なのに色気もなければムードもない。
「っていうかあんた、こんな時間になにやってんの」
「こっちの台詞だ。こんな時間になんで出歩いてんだ」
やっと落ち着いたらしい直城は、ブランコに座り込む恵子の前に立ちはだかるように陣取った。心なしか、目が怒っている。
「…どうした?」
「またそれか」
「は?」
恵子が足を後退させる。目の前に直城がいるのに、ブランコを漕ぎ出そうとしているらしい。
「恵子?」
「邪魔よ」
言うが早いか、ブランコはブランコとして正しく使われ始めた。
「コラ! 子どもの遊具を凶器にするな!」
慌てて脇に避けながら、直城が叫ぶ。
「大丈夫よ、あたし自身が凶器だから」
「なにが大丈夫なのかわかりませんっ!」
「夜中に叫ぶんじゃないわよ、迷惑でしょ」
「夜中にブランコで人を蹴倒そうとするのは迷惑じゃないのか?」
「それはあたしがそういう気分だから仕方ないわねー」
「そんな理不尽な」
心地いいとは言えない、肌寒い風が直城の頬を撫でて行く。ただ立っているだけで寒いのに、自ら風を受けている恵子が寒くないわけがない。
「寒いだろ。降りてコーヒーでも飲みに行かない?」
「行けば?」
間髪いれずに返ってくる答えに、可愛げもなければ気遣いもない。
「ホンットどうあっても恵子は恵子だねぇ」
「いい加減、愛想尽かせばいいのに」
「やだよ」
柔らかく笑って、それでもはっきりとした拒絶。恵子は何も答えない。
「今日さ、バイト先であまったケーキをもらえたから、お前んちに届けにいったんだけど、いないから驚いたよ」
時間が時間だけに寝ているのかとも思ったが、直城は違うと思った。直感としか言いようがない。気がついたら、探して走り回っていた。
立っているのにも飽きたのか、直城は空いているブランコに座る。
「なんでこんなとこにいるの? なんかあった?」
「べーつーにー?」
なんにもないのに、こんな時間に一人で公園にいるはずがない。一人で出歩くのが好きなことは知っているが、心配性の兄を心配させないため、彼女は節度と言うものを守る。
「なにもなくてもいいけどね。会えたし」
ブランコをこぐ彼女に聞こえないように呟く。なにかがあってもなくても、もういい。彼女がないというからには話すつもりはないだろうし、見たところ自暴自棄になっているようでもない。
会えた。ラッキーだったと思うことにしよう。
そのまましばらく、その場にいた。会話はなく、ブランコが揺れる音だけが、響いていた。
ぎぃぎぃと、ブランコは恵子を乗せたまま前後に揺れる。言ったりきたりするさまは、そのまま二人の関係のようで、直城はそれを止めたくなった。驚いたのは、恵子のほうである。まさか、ある程度のスピードをつけたブランコの前に飛び出してくるとは。
「ちょっとなにやって…」
とっさに足を地面に滑らせるが、スピードは殺しきれない。
「ってぇ~…」
ブランコは恵子を乗せたまま、直城の両足にぶつかった。両手でブランコの鎖を掴む恵子の手に、直城の手がある。
「なにやってんのよ、あんたは。骨がイカれたらどうすんの」
「そんなヤワじゃないよ」
それでもあーいってーとぼやきながら、直城は手を離さない。
「直城?」
「あんまり…」
「ん?」
「あんまり心配させるなよ」
その表情に、恵子は何も言えなくなった。勝手に追いかけてきて、勝手に傍にいて、勝手にぶつかってきたのは直城である。さらに言うなら、今現在心配なのは、恵子の精神状態ではなく直城の足である。
恵子は俯いた。