「お二人には本当にお世話になって、どうお礼を言えばいいのか…」
あれから一か月。少し血色が良くなったミドリは、旅支度を整えたシロとクロに深々と頭を下げた。
「礼なら何度も聞いた。しつこい」
「なんて言い方するのよ、シロ」
ぺしんと叩かれて、シロはそっぽを向いた。そんな二人を、ミドリは穏やかに笑って見つめている。
「また会おうね、ミドリ。近くに来たら必ず寄るから」
「ええ。お待ちしています。きっと来てください」
「来てねー」
「来てね!」
ミドリの両脇に立つ結衣と舞衣が声を合わせる。この一か月で、二人は急速な成長を遂げて十歳らしい話し方をするようになっていた。
二人には、村で何が起こったのかをまだ話していない。二人が成長して、聞きたいと希望し、話を受け入れられると判断したら、ミドリが包み隠さず話すと決めた。一か月間、ミドリは何度も二人を抱きしめた。その思いはきっと、伝わっていると信じている。
「こちらからお手紙を出すことがかなわないのが残念ですが…。その分、またお会いできるのを楽しみにしています」
「手紙書いてね」
「書いてね!」
「うん。約束」
にっこりと笑って、クロは小指を差し出した。
「教えたでしょ。指切り」
「うん!」
「嘘ついたら鎖鎌ね!」
「待て、それがすでに嘘だろう」
「まあまあ、細かいこと気にしてたら禿げちゃうよ」
「禿げるか!」
思わず声を上げたシロを見て、ミドリは声を上げて笑った。この一か月で、彼女はこんな風に笑うことが増えていた。
一か月前。
雨が止んだ後、シロとミドリは村人全員の墓を作った。ミドリが花の種を植えて、長いこと手を合わせた。
それから、命綱を結んだうえで谷底に降りた。そこには骨が散乱していた。さすがに持って上がれないので、谷底に彼らの墓も作った。ミドリは作業の間中泣きながら何度もごめんなさいと繰り返して、身体中泥だらけになりながら土を掘った。シロはただ、黙って手伝った。
丸一日かけてすべての墓を作って、二人が佐井府に着いたのはさらに二日後だった。疲れていた為と、雨のせいで中々進めなかった為だ。二人の姿を認めたときの、クロの喜ぶまいことか。一目散に駆け寄ってきて、ミドリに飛びついた。声を上げて泣いた。
ミドリが生きていて良かったと繰り返した。せっかく止まっていたミドリの涙も、また流れた。
結衣と舞衣に普通の生活を教えたい、そして鎖鎌を扱えるようになりたいとクロが希望してどうしても譲らなかった為、出立は一か月後の今日となった。シロにしても、積極的に早く旅立つ理由は無かった。佐井府の人々はミドリが言っていたように人柄がとても良く、よそ者のシロとクロ、そして新参者の結衣と舞衣を暖かく迎えてくれた。シロはこの一か月間、力仕事や建物の修理などを手伝うことで恩を返していた。出立すると聞いたときには、村をあげて送別会をしてくれた。
こんな村もある。だからこそこの世は、生きるに値する。
癒えていけばいいと、シロは思う。
「じゃあな」
短く言って、シロはさっさと背を向ける。湿っぽい別れは苦手だ。
「クロ、行くぞ」
クロはまだ、結衣と舞衣に別れを惜しんでいる。そのうち追いついてい来るだろうと、シロは勝手に歩みを進めた。
「シロさん」
「あ?」
首だけで振り向くと、追いかけてきたミドリが慈愛に満ちた顔で微笑んでいた。こんな顔をしていたか、と今更ながらに思う。
「なんだよ」
「いずれ、あなたの傷が癒えることを、心から願っています」
「………」
「生きていればこそ癒えることもあると、あなたがおっしゃった言葉はあなた自身の願いでしょう。その願い、私も一緒に叶えたいと切望します。散々騙してしまいましたが、これは本心です。本当です。ですから、あの…。つまり…」
段々と声が小さくなっていくミドリを、シロは黙って見下ろした。黙ったまま待っていると、ミドリががっと詰め寄ってくる。
「つまりですね、あなたは独りではないと、あなたの想いを知っている者がいると、少しでも思っていただければ…!」
「ああ」
シロは身体ごと向き直り、小さな笑みをミドリに返した。ミドリの目が見開かれていく。
シロは言った。
「ありがとう。……ミドリ」
ミドリの後方から、クロが駆けてくる。自分のことを兄だと信じている元婚約者が追いついてくるのを待って、シロは歩き出した。
心優しい一人の鬼が、二人を見送っていた。