「あなたたちがなんでも屋さんですか?」
そう聞かれたのは、今日の仕事を終えて飲み屋で一杯やっている時だった。
「……どちらさんだ?」
酒が入っているグラスを置くこともせずに、訊ね返す。質問してきた女は、色白で痩せていて、お世辞にも健康的とは言い難かった。顔立ちが整っていることが、逆に病的な雰囲気を助長している。歳の頃なら二十代後半か。薄茶色の長い髪をゆったりと耳の横で結んでいる。
「睨まないの。せっかくのお客さんでしょ」
と、向かいの席から叱咤が飛んでくる。相方は持っていた箸を置いて立ち上がった。
「こんばんは。ご依頼ですか?」
愛想のいい相方は、そう言ってにこりと笑った。それで、声をかけてきた女も多少は緊張を和らげたようだった。
「突然すみません。腕のいいなんでも屋さんが近くに来ていると聞いて、探していたんです」
「腕がいいかどうかは俺が決めるわけじゃないから、探し人かどうかはわからんな」
言ってから、グラスの酒を飲み干す。たん、と相方がテーブルの上を叩いた。
「シロ、怒るよ」
「………」
睨まれて、シロと呼ばれた男は息をついた。それから、立ったままの女を見上げる。
「一応、雑用を請け負って生活している」
ことん、と音を立ててグラスを置いた。
「ごめんなさいね、別に機嫌が悪いわけじゃないんです。いつもこんな感じなの。まあ、とりあえず座ってください」
そう言って、シロの相方は斜め向かいにあったテーブルから空いている椅子を引き寄せた。
「どうぞどうぞ」
「どうもありがとうございます」
礼を言いながら女が座る。長い髪がふわりと舞って、シロは顔をしかめた。なんの香かは知らないが、この香りは好きじゃない。
相方も座りなおして、改めてぺこりと頭を下げた。
「初めまして。ご依頼ですよね?」
「ええ」
「じゃあとりあえず自己紹介をしますね。あたしはクロ。で、こっちの無愛想なのがシロです」
「クロさんと…シロさん? 失礼ですが、ご本名?」
「愛称ですよ。覚えやすいでしょ?」
「そうですね。確かに」
「それで、あなたは?」
クロの質問に、女は一瞬だけ考えるそぶりを見せた。
「失礼しました。私のことはミドリと呼んでください」
「ミドリ?」
「これも愛称です。本名は忘れてしまいました。誰も呼ばないので」
「まあ、そうなんですか。じゃあミドリさん、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあさっそく…」
「ええ、依頼内容ですが」
「え、先になにか頼みましょうよ。あたしたちだけ食べるわけにもいかないし」
「いえ、私は」
「お酒飲めます? あ、でも仕事の話なら飲まない方がいいですね。はい、お品書き。すみませーん、注文お願いしまーす」
さっさと進めるクロにミドリはしばらく戸惑っていたが、おとなしくお品書きの中からほうじ茶を選んで注文をした。
「ご飯はいらないんですか?」
「軽く済ませてきましたので」
こんな会話をしていると、間もなくほうじ茶が運ばれてきた。香ばしい、いい匂いだった。
「それで、ご依頼というのは?」
こくんとほうじ茶を一口飲んでから、ミドリはまっすぐにクロを見た。シロは黙って食事を口に運んでいる。
「助けてほしいヒトがいます。………このままでは、殺されてしまいます」
シロの箸が止まる。
「…それはまた、穏やかじゃないな」
やっと口を開いたシロに、ミドリはうなずいてから頭を下げた。
「本当のことです。どうか、助けてあげてください。あの子たちには、なんの罪もないんです」
女の表情は、嘘や冗談を言っているようには見えない。
シロは箸を箸置きに置いた。
「悪いが、その依頼は受けられない」
「なぜでしょうか」
「あんたはなにか勘違いをしている。俺たちは確かになんでも屋ってことになっているが、ただの雑用係だ。物を運んだり繕いものをしたり力仕事をしたり。つまり他人の生き死にに関わるような仕事はしていない。もちろん正義の味方でもない。そんな面倒事は御免だ」
「…用心棒として、かなりの功績を挙げられたと聞いていますが」
「たまたまだ。依頼主がちんぴらに絡まれていたから追い払っただけで、しかも相手が弱すぎた」
シロの言葉に、ミドリは少し笑った。
「夜盗二十人を壊滅させたのがたまたまで、相手が弱すぎたのですか? しかも、誰も殺さなかったとか」
「………誰から聞いた?」
ミドリは柔らかく微笑むだけで、答えようとしない。
「まあいい。ともかく、あんたの依頼は断る。無実の罪なら関所へ行ってくれ」
「関所が役に立たないので、こうしてお願いに来たのです」
「だったら他の奴に頼んでくれ。俺たちの仕事じゃない」
そっぽを向くシロに、クロがまあまあととりなした。
「話を聞くくらいはいいじゃない」
「お前な、この前も聞くだけとか言って結局同情して面倒な依頼を受けざるを得なくなっただろうが。だから夜盗相手に大立ち回りなんてする羽目に…」
「今回こそ聞くだけ。ね?」
顔の前で両手をあわせ、クロが小さく首を傾げる。
「………ちっ」
聞こえるように舌打ちして、シロは頬杖をついた。勝手にしろ、の意味である。クロはうれしそうに笑ってから、ミドリに向き直った。
「じゃあミドリさん、詳細を聞かせてください」
「呼び捨てで構いません。…あの、その前に一つ聞いてもいいですか?」
「うん、なぁに?」
「お二人は、どういったご関係で?」
「ああ」
よく聞かれます、と前置きしてからクロが答える。
「双子なの。あたしが妹。あんまり似てないでしょ?」
「ええ。あ、だからシロとクロ?」
「そういうわけでもないんだけど、まあ男女の双子だし、二卵性だしね」
「そうですか」
答えて、ミドリは座りなおした。いよいよ本題に入るのだろう。シロは店員に酒の追加を頼み、一切口は挟まないことにした。
「では、詳細をお話します」
そう切り出したミドリの目には、もう戸惑いは無かった。ここに来る前に、話の順序を考えてきたのだろう。淀みなく話し始める。
「あなたがたは、ここから少し北にある村の、鬼の伝説はご存知ですか?」
問われて、クロはすぐにうなずいた。
「まあ、人並みには。この世界に神が降臨する前、北の村は鬼に荒らされまくっていて、勇者が倒したとかいう…。どこにでもあるような伝説でしょ?」
ミドリはこくんと首を縦に振った。
「そうです。勇者はその時の功績が認められて神職にあがり、永遠の寿命を得たと言われています」
「うん、その伝説がどうしたの?」
「違うんです」
「というと…」
「実際に残っているのは、伝説ではなく呪いです」
二人の会話を聞くともなしに聞きながら、シロはぐいっと酒を飲む。
「あの、ミドリ。さっきから殺されるとか呪いとか…。いったいどういう…」
無意識だろうが、クロは声を潜めた。
「これからお話することはすべて本当のことです。実際には鬼の呪いが、勇者の伝説という衣で隠されているのです」
「詳しく話して」
「およそ、二百年前の話です。この世界に、神が降臨するよりも少し前。この周辺の地は、鬼の一族によって統治されていました。確かに恐怖政治の側面はあったかもしれません。けれど、それなりに平和だったのです。……鬼が、禁忌を犯すまでは」
「禁忌?」
「人間の命を、弄び始めたのです」
ミドリは哀しそうに目を伏せた。しかしすぐに顔を上げる。
「鬼には、人間とは違う点がいくつもありました。まず、金色の髪と瞳。彼らは光り輝く色をしていたと言います。それに、総じて背が高かったとか。いえ、見た目は置いておくにしても、たぐいまれなる剛力、村を丸ごと見下ろせるほどの跳躍力、薬草の知識、そして何よりも、死者を蘇らせることが出来た点が、人間とは決定的に違いました」
シロのグラスを持つ手が、ぴくりと反応した。顔は背けたまま、視線だけをミドリに向ける。クロが眉を寄せた。
「死者を…?」
「実際には、蘇らせるのではなく寿命の交換です。あるヒトが亡くなって、そのヒトを蘇らせたいと誰かが願った時、その依頼者の寿命を死者に移すのです。一人につき一度しか使えない術ですが」
「寿命を操るなんて、まるで神さまね」
「時代が違えばそう呼ばれていたかもしれません。実際、今この世界を治めている神は人間の寿命を操れると言いますしね」
「そうね。確か神は、人間の命を命宝《めいほう》という宝石に変えて身体の外に保管できるとか。でも鬼は違うんでしょ? 依頼者との寿命の交換なら、あんまり意味がないんじゃ…」
「ええ。たとえ蘇っても、誰かが自分と引き換えに亡くなっているわけですから、決して喜ばしいことではないでしょう」
シロは通りかかった店員に、また酒の追加を頼んだ。その間もミドリの話は続く。
「それでも、自分の命と引き換えでもいいから助けてくれと、そういう申し出は少なからずあったようです。例えば、幼い子どもを病気や事故で亡くした両親とか」
「あ、そっか。なるほど」
「自然の理に背く術ですから、もちろん褒められたことではありません。けれど、術に感謝する人間も確実にいました。しかし鬼は、やがてその術を悪用するようになりました。寿命の交換を盾に、権力者やお金持ちから相応の見返りを受け取るようになったのです」
よくある話だな、とシロは口の中で呟いた。
「当然、人間たちは反感を覚え、鬼に立ち向かいました。その戦いは、たった一晩で終結しました。その時に陣頭指揮を執ったのが、現在でも勇者と呼ばれている当時の若者です。この若者はとても頭が良くて、策略家でした。元々三十人ほどだった鬼は、たいして時間もかからずにあと一人を残すのみというところまで滅ぼされてしまいました」
喉を潤す為だろう、ミドリはほうじ茶を口に運んだ。すぐに追加した酒が運ばれてきて、シロは半分ほどを一気に飲んだ。
「それでも、最後に残った鬼の抵抗は凄まじいものでした。大地を割り、家屋を潰して、嵐を呼ぶほどの力を発揮したと言います。そして、若者の婚約者を人質に取ったのです」
酒が入った器が、シロの口元でぴたりと止まった。
婚約者。
シロは一気に酔いが醒めていくのを感じていた。
この話をこれ以上聞いてはいけない。そうは思っているのに言葉は出ない。
「婚約者を…。それで?」
「鬼はもう一人きりになってしまって、失うものなどありませんから、人質というよりも道連れにするつもりでした。ただ、若者から奪えるものを奪いたかった」
「そっか。解らなくはないかも。それで、若者はどうしたの?」
「彼の取り乱しようは、鬼が想像していたよりもずっと激しいものでした。なりふり構わず彼女を助けてくれと、懇願してきたのです」
それまで悠然と鬼を討伐していた若者が、恥も外聞も投げ捨てて彼女の助命を乞うた。その姿は、滑稽にも見えたという。
「多少の優越感を覚えた鬼は、交換条件を提示しました。彼女の代わりに、生贄を差し出せと」
シロはもう、グラスを口に運ぶこともしていなかった。
「つまり、彼女を助ける代わりに、他の村人をその手で殺せと言ったのです。………若者は、躊躇いませんでした」
彼女のことは諦めろと言った村人たちを、若者は次々に殺していった。やがてそれは、村人たちの殺し合いへと変化していった。
「鬼は嘲笑いました。結局、己の身だけが大切なのだ、人間とはかくも醜い生き物であり、鬼の一族こそ高潔であると」
村の大地は、鬼と人間の血で真っ赤に染まったという。
「間もなく、そこに立っているのは、一人の鬼と、若者と、気を失った婚約者だけになりました。人間たちの殺し合いを嘲笑して見ていた鬼でしたが、しかしそれでも、一族を滅ぼされた怒りと哀しみは留まるところを知りません。鬼は、今ここで彼の婚約者を殺して自分も果てるより、もっと長い苦しみを人間に与えたくなったのです。若者へ対する怒りが、人間すべてに及んだということです」
そこで、ミドリは言葉を切った。再び口を開くまで、少しの間があった。
「まずは、犠牲になった鬼を弔うことを誓わせました。そして、未来永劫、十年ごとに生贄を差し出せと、鬼は言いました。鬼の寿命は人間と違って何百年にも及びます。十年ごとに見に来るから、その時に贄を出さなかったら必ず村を滅ぼしてやると言い置いて、鬼は婚約者を盾に撤退しました。ある程度逃げてから婚約者を開放し、さらに逃げて、その後鬼は力尽きました。けれどそのことを、若者は知りません。鬼に呪われたと思い込んでしまったのです」
シロは、無意識に拳を握っていることに気が付いた。
なんだ、この話は。これではまるで―――。
「若者も、最初から鬼の言葉を鵜呑みにしたわけではありません。最初の十年後は、生贄など出さなかったのです。けれど、その年。村に原因不明の疫病が蔓延し、田畑は荒れ、干ばつに襲われました。そこで誰かが言ったのです。これが鬼の呪いではないか、と」
「そんな…。偶然でしょ?」
「偶然です。そもそも、鬼には自然に干渉するような力はありませんから。しかし、人間は災いを誰かのせいにしたくなる生き物です。結局一年遅れで生贄が選ばれて、それから間もなく災いが終息していったものですから、人間たちは完全に鬼の呪いを信じてしまいました。そのさらに十年後も、生贄が選ばれました。若い女性でした。彼女が生贄として処刑された年、村にはなんの災いも訪れることはなく、むしろ豊作だったと言います。そうやって、二百年が経ちました。その間に余所の星からやってきた神族がこの世界を治めるようになって、技術も医術も発達し、平和になった今でも―――今年も、生贄が選ばれているんです。神はもちろん外の町には知られないようにひっそりと、でも確実に」
「じゃあ、殺されてしまうって言うのは」
「その生贄です。けれど生贄などもう必要ありません。鬼などいないのです。彼らを助けてください」
語尾を強くして、ミドリは頭を下げた。
シロは、一度きつく目を瞑った。やがて、振り払うように頭を振る。それから、顔をミドリのほうに向けて言った。
「最初に言った通りだ。悪いがそんな依頼は受けていない」
「その生贄は、また若い女性?」
「おい、クロ」
「…いいえ。ここ数十年は子どもです。まだ、幼い子どもたちなんです」
「たちって…。複数いるの?」
「ええ。最初の生贄以来、鬼役とその生贄と二人選ばれるようになって、二人とも殺されてしまうんです」
「鬼役って…」
「なにせ鬼の姿はもうありませんから。誰かを鬼に仕立て上げることで、鬼の呪いを忘れないようにしているのです」
「ひどい…。そんなの自己満足じゃないの。助けなきゃ!」
「クロ!」
思わず大きな声になった。身体ごと向き直ると、クロが目に涙をためている。
「あのな…」
「ねぇシロ、助けたい」
「………」
シロの方に身を乗り出して、クロが言い募る。
「生贄なんて…。しかも子どもだなんて、かわいそうだよ。そりゃ、昔の戦いはあったかもしれないけど、そんなの今の子ども達になんて関係ないじゃない。そもそも鬼なんてもういないんだから、生贄なんて無意味で無駄だよ。ね、助けてあげようよ」
「お前、さっき聞くだけって言ったよな」
「いつでも予定は未定だもん」
「面倒事は御免だと言ったはずだ。大体、俺たちには関係ない」
「ミドリと知り合いになったんだからもう関係者でしょ」
「その方式でいったらどんだけ関係者増えると思ってんだ」
「シロさん、どうかお願いします。もう時間もないんです」
「受ける理由が無い」
「そんなもの、話を聞いたからってだけで十分でしょ!」
「どんな理屈だ!」
「じゃああたしが一人で行く!」
クロが声を荒げて、シロはぐっと押し黙った。
「シロはこの辺で待ってて。あたしが一人で助けてくるから。大丈夫、二人を助けたらちゃんと戻ってくるから」
「…そういう問題じゃない」
「じゃあどういう問題よ?」
「なら聞くが、ガキども助けたとして、その後はどうするつもりだ? 俺たちが引き取るのか? 相手の人生背負う覚悟も無いのに助けるとか簡単に言うな。そもそも、どうやって助けるつもりだ。村の奴らに鬼はもういませんって言ってすぐに信じてもらえるのか?」
捲し立てるように言って、シロはミドリに目を向けた。
「大体、あんたの話が真実だという証拠は?」
シロの厳しい視線に臆することも無く、ミドリはまっすぐにシロを見返した。飲み屋の頼りない照明が、ミドリの白い肌をもっと顔色悪く照らしている。しかしだからこそ、迫力があった。
「私はその村の出身です。信じてください、としか言えません」
「つまり証拠は無いってことだよな。そもそもあんた、見てきたように話していたがどこで聞いた話だ? 二百年も前の、しかも人間に都合の悪い話なんか、文献も残っちゃいないだろう」
「勇者に―――例の、若者に直接聞きました」
「直接? だが、その男は」
「確かに神職に就いて、今は村にはおりません。神関で働いています」
「どうやって聞いた」
この世界を治めているのは神。世界各地には関所が置かれて役人が政を行い、神の在所がある都の関所を神関といい、さらに神関の周囲を神界という。神界には、神に許された者しか入れない。一般人が入れるのは、三年に一度開かれる祭のときくらいだ。
「私の兄は、鬼として処刑されました」
きっぱりと、ミドリはそう言った。
「双子でした。私たちも、あまり似ていませんでした」
クロが、胸の前で手を握りしめる。完全に感情移入してしまっている。
「少々我儘ではありましたけれど、根は優しいヒトでした。兄が処刑されたことがどうしても納得できなくて、神関に忍び込みました。若者の名前や人相は村に伝わっていましたから、探すのは簡単でした。……彼は、昔のことを悔いていました。それで、懺悔の意識もあったのでしょう、すべて話してくれました」
「そいつが罪の意識を持っているなら、本人が村に帰って直接話せばいいだろう。それが一番手っ取り早い」
「そうお願いするつもりでした。けれど彼は死の病にかかってしまっていて、床に臥せているのです。おそらく、もう長くはありません。とても動かせる状態ではありませんでした」
「病だと? 命宝はどうした。それを神が持っている限り―――」
「何年も前、神に頼んで返してもらったそうです。自分はもう、十分生きたからと。かといって二百年も生き長らえて、村に帰ったところで彼の居場所はありません。当時婚約者だった彼の奥方もとっくに亡くなっていますし、子孫とは会ったこともないそうですから。長らく仕えた神の傍で眠りたいそうです」
「そりゃまた勝手な話だな」
「私もそう思います。けれどだからと言って、彼を無理やり村に連れて帰っても、それこそ当時の勇者が彼だと証明する術がありません。命宝を返された彼は先の短いただの老人です。誰も耳を貸さないでしょう。あなたたちにお願いするほかにないのです」
膝の上で重ねているミドリの手に、クロがそっと自身の手を重ねた。
「大丈夫。あたしが行くから」
「おい、クロ。お前さっきの言葉聞いてたか」
「責任は取るよ。その子たちの引き取り手はちゃんと探す。見つけられなかったら大人になるまであたしが面倒見る」
「………犬猫拾うのとはわけが違うってこと、解ってんのか」
「シロこそ見捨てるってことがどういうことか解ってんの?」
二人のにらみ合いが続く。やがて、息をついたのはシロの方だった。がりがりと頭をかいて、舌打ちをする。
「おい、あんた。生贄が処刑されるのはいつだ」
「十日後です」
「ここからその村までは」
「三日もあれば」
「正味七日かよ…」
残っていた酒を飲み干して、シロは立ち上がった。
「シロ」
「寝る。お前らもとっとと寝ろ。……明日から十日間は、休む暇もないと思え」
クロの顔がぱっと輝いた。病的に顔色の悪いミドリにも喜色が広がった。そんな二人に、シロはただし、と続ける。
「地獄の沙汰も金次第。依頼というなら報酬はきっちりいただく。払えるんだろうな?」
「ええ。言い値を払います」
「ならいい」
吐き捨てるように言って、シロはさっさと店の奥にある階段に向かって歩き出した。この飲み屋の二階が宿になっているのだ。もちろん、クロとは別の部屋である。
部屋に戻って寝台にどかりと座り、荒々しい溜息を吐きだした。
聞きたくない言葉を聞いた。
生贄、婚約者、処刑。
どれも昔のことを思い出させるのに十分な力を持っていた。クロが肩入れすればするほど、きっと面倒なことになる。関わらない方が良い。しかし一人では行かせられない。クロの言葉はシロを動かすための脅しではなく、ただの本心だ。きっと、シロが本気で拒否をすれば本当に一人で行くつもりだったのだろう。
「…くそ」
つぶやいて、身体を後ろに倒した。安宿のかび臭い布団の匂いが鼻につく。けれども、あの依頼人の女の髪から漂ってくる匂いよりはずっと良いと思った。