top of page

 その後は、順調に足を進めた。途中で小休止を二回挟んだだけで、予定よりも長い距離を歩くことが出来た。ミドリも、一晩休めたのが良かったのか、今日はふらつくことも無い。
 一緒に賊を退けて連帯感でも生まれたのか、女二人は昨日よりもよく喋っている。お互いの趣味嗜好についてが主だった話題だったが、二度目の休憩中にミドリがクロに聞いた。
「それにしても、先ほどの男性の命宝《めいほう》、どうやって探すおつもりですか? お心当たりでも?」
「うーん…。具体的にはまだ決めてないけど、とりあえず福崎の村に一度戻って、捕まった盗賊の根城を見てみようかな、と」
「けれど、そこはもう先ほどの男性が自分で探しているのでは。関所の役人も入ったでしょうし」
「うん。でも一応は自分で見てみたいから。それからあたしたちがあの日泊まっていた宿にも行ってみるよ。根城から宿に襲撃をかけに来る途中で落としたのかもしれないし。昼間は子どもたちが外で遊んでいたから、誰か拾った可能性もあるよね。どこにあるとしても、あのヒトがまだ生きてるってことは、砕かれずに誰かが持ってるってことだから。あのヒトに聞かれても怖くて答えなかった村人もいるかもしれないでしょ」
「なるほど…」
 うなずいてから、ミドリはやや深刻な顔つきになった。
「しかし、神というのはある意味で恐ろしい存在ですね」
「うん?」
 三人は今、小川に面した緩やかな斜面に座っている。ミドリは立ち上がって遠くを見つめた。
「鬼の術もそうですが…。他人の命に関わることなんて、出来れば避けたいと思いませんか?」
「薬師がなに言ってるの」
 クロの言葉に、ミドリは振り返った。曖昧に笑う。
「私は薬師の真似事をしていただけです。医者でもありませんし」
 言って、大きく息を吸い込んで、吐いた。
「他人の命を扱えるなんて、恐ろしいことだと私は思います」
 少しあってから、クロはうなずいた。
「…そだね。解る気がする」
「天孫降臨からしばらくのち、神界では謀反が起こったと言いますね。詳しくは公表されていませんが、謀反人は神の側近だったとか」
 竹筒から水を飲んでいたシロが、ぴたりと動きを止めた。飲み損ねた水が、顎を伝ってしたたり落ちていく。
 そんなシロに、他の二人は気付いていない。気付かれないうちにと、シロは口元を拭った。
「うん、知ってる。それで、生き残った神さまは一人だけだとか。元々何人いたのか知らないけど」
「側近に裏切られて、神はつらかったでしょうね。鬼にも通じるところがあるかもしれません」
「と言うと?」
「鬼もきっと、人間に裏切られたと感じたでしょう。晩年はともかく、最初はただ、寿命を入れ替えることで救えるものがあるのならと、そう思っていたのですから」
「そっか…。そうかもね」
「謀反の詳細はわかりませんが、その側近は神の術に脅威を感じたのかもしれません。それで、鬼に立ち向かった人間と同じく、追い詰められた鼠のように牙を剥いたのかも」
 それは違う。
 咄嗟に否定の言葉を口に出しかけて、シロは黙った。
「―――………」
 何を言いだす気だ、俺は。
「謀反人は処刑されたとも追放されたとも言われますが、実際のところはどうなのでしょうね」
「どうなんだろうね。……あたしは」
 クロも立ち上がった。ミドリに並ぶ。
「あたしは、生きて苦しむことが贖罪だと思うけどね」
 苦しんでるよ。今も、独りで。
 伝えることすら赦されない。
 竹筒を乱暴に袋に仕舞って、シロも立ち上がった。
「行くぞ。もたもたしてたら陽が暮れる」
 クロの顔は見ずに言った。

 次の宿場町に着いたのは、もう日付も変わる頃だった。予定よりも旅が順調だったので、一つ先の宿場町まで足を運んだのだ。今日は無事に三人分の部屋が取れたので、シロは割り当てられた部屋で大の字に寝そべった。開いている定食屋が見当たらなかったので夕飯は保存食を食べた。いつも袋に入れている保存食は、それなりに腹は膨れるが少々味気ない。しかし飲み屋に行く気にはなれなかった。疲れている。

―――失くした命宝、か…。

 舌打ちをした。どうしても、逃げられないらしい。
 別に逃げる気など無かったというのに、こうして突きつけられるとどうしても目つきが険しくなる。

 シロが失くした命宝。
 シロが亡くした、命。
 シロが葬った命たち。

 すべてが覆いかぶさってくるようで、シロは固く眼を瞑った。しかし瞼の裏にも過去がちらつく。
 助けてくれと懇願してきた相手を、シロは容赦なく斬り捨てた。
 あの時の泣き声も叫び声も、ふとした瞬間シロの耳によみがえってきて忘れることなど出来はしない。
 窮鼠猫を噛むなんて、そんなたいしたものじゃなかった。シロはただ、己の怒りと憎しみをぶつけただけだ。
 復讐ですらなかった。誰の為でもなかった。
 ただ、自分の憤りを発散させただけなのだ。
 そうやって、シロは神と同胞を殺した。返り血など気にもならなかった。

 シロは知っている。クロに言われるまでもない。
 今この瞬間も、シロは罰を受けている。
 クロと生きていくことが、シロに課せられた罰なのだ。

bottom of page