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 二日も連続で眠れなければ、多少ふらつくのは仕方が無かった。ぼんやりする頭を二、三回振って、冷たい水で顔を洗う。それでもぼんやりしてしまうので、両頬を強めに叩いた。そうなると当然。
「うわ、なにその顔。手の痕がついてるけど」
 こうなる。
「気にするな」
「いや、気になるよ。気にしないことが出来ないくらい赤いよ?」
「じゃあ見るな」
「無茶言わないでよ、向かいに座ってるのに」
「うるさい。飯だけ見てろ」
「あの…。良かったら湿布薬を処方しましょうか?」
「いや、いい。すぐ治まる」
 ミドリの申し出には手を振って断りを入れ、シロは朝粥を掻き込んだ。
「それより、今日の夕方には着くんだろう?」
 多少無理矢理な話題変換だったが、ミドリは乗ってきてくれた。
「ええ。順調にいけば昼過ぎには着くと思います」
「よそ者が堂々と入って大丈夫なのか」
「ええ。一見、普通の村です。出入りするヒトを見張るようなこともありません。ただ、近くに大きな町があるので、旅の途中で逗留するヒトはあまりいません。あの村自体、因習が発覚することを恐れてかほかの町村との関わりを持っていませんし。つまり、旅人の格好をしていても誤魔化せるのは二日といったところでしょう」
「二日か。それだけありゃ十分だな」
 ミドリは、湯呑に入っていたほうじ茶を飲み干した。
「改めて、お二人とも。よろしくお願いいたします」
 丁寧に頭を下げるミドリの肩に、クロが手を置いた。にっこり笑う。
「大丈夫。任せて」
 その言葉に、ミドリは微笑んでうなずいた。


 その村を見下ろして、シロはつぶやいた。
「…ヒトが少ないな」
 それがシロの第一印象だ。
「それに、荒んでいるようには見えん」
 一行がいるのは村を見下ろせる小高い丘。ミドリが持っていた小さな単眼鏡でシロは村を見晴るかしている。
 時刻は昼を過ぎた頃。夕方と呼ぶにはまだ早く、夏に向かうこの季節、陽はまだまだ高いところにある。少ない村人は農作業にいそしんだり、井戸の近くで談笑したり、買い物かごを提げて歩いたりしている。商店街も見えている。山の麓に見えるのは学校だろう。広い木造の建屋があり、校庭らしき広場で二人の子ども達が走り回っている。
 だが、村全体の土地の広さに対して、明らかに人間の数が少ない。普通の規模の学校も、あれでは教室が余っているだろう。
 シロの隣でミドリがうなずく。
「少なくなったんです。鬼がいたころはもっと人口の多い、いたって普通の村でした。先日も申し上げましたが、人口の面でいえば、もう村というより集落に近いでしょう。今、村にいるのは三十人ほどです」
「なにか理由があってのこと?」
「要因は複数あるようですが、この村の因習は古臭くて愚かなものです。愛想を尽かして出て行ったヒトもいるでしょうし、単純にもっと発達した町に行ったヒトもいると思います。残っている村人は、因習が因習であるということにも気が付いていないかもしれません」
「まあ、生まれた時から刷り込まれているなら気付かないかもね」
 クロの言葉にミドリは同意して、すっと村の奥にある山の方を指さした。学校をさしているのかと思ったが違った。
「ここからでは学校に遮られて見えませんが、あちらの方角にこの村で一番大きな邸があります。そこに生贄は軟禁されています。おそらく、今の時間は学校でしょう。鬼役の子は学校にも行かされませんから、今現在どこにいるかは分かりませんけれど」
「わかった。で、どうする。あんたは確か一人ずつ連れ出すと言っていたが、いくら人口が少なくても今はまだ人目に付くだろう」
「そうですね。陽が暮れてからの方が都合がいいでしょう。説得はもちろん私がいたしますが、具体的にどう動くかは、なんでも屋さんにお任せします。言ってくださればなんでもいたします」
 ミドリの瞳は強い。村まで帰ってきて、決意を新たにしたのかもしれない。
「シロ、どうする?」
「とりあえず、村の中を見るのが先だな。それから、ガキどもを匿う場所までの道順を確認する。何日匿うことになるかわからないから、食料も多めに確保。それから、今日は人目に付かない場所で野宿だ」
「了解」
 村にも宿はあるかもしれないが、よそ者が泊まっている時に生贄と鬼役が消えたら疑ってくださいと言っているようなものだ。シロが説明するまでも無く、二人ともうなずいた。
「では、まずは村の中を案内いたします。邸の中には入れないでしょうが…」
「邸の見取り図は…さすがにないだろうな」
「申し訳ありません」
「別に謝ることじゃない。邸にいるのは通常何人だ」
「邸の主家族が四人。住み込みで働いている女性が二人。それと、通いの馬役の男性が一人。つまり、住んでいるのは生贄をあわせて七人です」
「用心棒の類は」
「いないはずです。この村は、対外的には平和な村で通っていますから、必要ないのでしょう。……暴力的な仕打ちは、鬼役の子がすべて一人で背負わされています」
「あたし、先に鬼役の子を連れ出したいな。二人とも犠牲者だって、わかってるけど」
 ぽつりとクロが言う。シロは少し考えた。
「同時にいく」
「同時に?」
 驚くミドリに、シロは淡々と続ける。
「どちらを先に連れ出しても、村じゃ大きな騒ぎになるんだろ」
「ええ、それはもちろん。だからこそ、その混乱に乗じてもう一人を連れ出すべきではないかと」
「一人連れ出して、村に戻ってもう一人連れ出すなんて、時間がかかるし見つかる危険も高い。軟禁と監禁の違いがあるって言ったって、見張られていることに変わりはないからな。どっか別のところで…。たとえば村外れで小火騒ぎかなんかを起こして、出来た隙に付け込んで同時に攫う方が面倒が少ない」
「なるほど…」
「ガキどもの性別は?」
「生贄が女の子、鬼役が男の子が選ばれます」
「なら鬼役は俺が。生贄はクロが連れ出す。あんたは、道案内を頼む」
「ええ、承知しました」
「決まりだな。―――おい、クロ。なんか言いたいことあるか」
「異議なし」
 うなずき合って、単眼鏡をミドリに返した。緊張した面持ちでミドリはそれを受け取る。ふと見れば、クロの表情も硬い。
「気合いを入れるのはけっこうだが、無駄に緊張するなよ。うまくいくものもいかなくなる」
「は、はい!」
「うん! がんばる!」
 拳を握ってそう答える二人に不安になったが、シロはとりあえずなにも言わなかった。
 三人は丘を降りて、村に向かう。シロは攫い方について思案していたが、女二人は会話をしていた。
「説得って、どんな風に話すか決めてあるの?」
「まずは事実をありのままに話します。子どもたちに説明してから、村へ戻って、村人たちにも同じ話をします。もう、生贄も鬼役も必要ないことを解ってもらわなければ」
「きっと、時間がかかるよね」
「持久戦は覚悟の上です。それでも、七日後にはきっと解ってもらえるはずです」
「七日…。つまり、鬼に生贄を捧げる日ね?」
「ええ。その日まで、なんとしてでも子どもたちを匿います。生贄を捧げなくても災いなど起こらないということが実証できれば、きっと…」
 そうねとクロはうなずいているが、シロは懐疑的だった。
 愚かな因習を続けてきた村人たち。生贄を捧げるはずだった日を無事に乗り越えたとしても、今後なにか災いが起こるたびに、きっと鬼のせいにするだろう。そうなれば、新たな生贄が選ばれるに違いない。いたちごっこになる。
 しかしそれを口に出すことはしなかった。では代わりの策はと聞かれても答えられないからだ。代替案も無いのにヒトの提案を否定するほど、シロは偉くない。
 考えていると村に着いた。近づいてみても、本当に普通の村だ。ふざけた因習など、先に聞いていなければとてもあるとは思えない。
「まずは、村の下見ですね。行きましょう」
「待て。あんたの顔を知っている奴はいないのか。兄貴が殺されたんだろう。妹が戻ってきたと知れたら…」
「いえ、その心配はありません。だいぶ時間が経っていますし、鬼の妹の顔など誰も覚えていません」
「……なら、いいが」
「よし。行こう」
 クロの言葉とともに、一行は村に足を踏み入れた。
 特に活気があるわけでも、かといってしょぼくれている雰囲気でもなかった。平和な日常があるごく普通の村だ。丘から見下ろした印象は、中に入っても変わらなかった。
「どこからご案内しましょうか」
「生贄がいる邸は判ってる。先に鬼役の居場所を把握しておきたい」
「承知しました」
「でも、現在地までは判らないんでしょ?」
「ええ。けれど、鬼役は陽が当たる場所を歩けません。歩いていたらひどい目に遭わされます。だから、きっと裏路地にいます。そうでなければ、座敷牢でしょう」
「座敷牢? そんなものがあるの?」
「ええ。鬼にはろくな衣食住が与えられないとはいえ、空腹で寝る場所もなければ村人の家に忍び込むかもしれません。それでは村人も不安ですから、夜は座敷牢に閉じ込められるのです。牢の場所までは判りませんが」
「つくづく、ひどいね」
「ええ。けれど、それももう終わりです」
 そう言って、ミドリは迷いなく歩き出す。シロとクロもその後に続いた。
 まだ日が高いと言うのに、一歩裏路地に入るとじめじめとしていた。心なしか、空気も冷たい。因習の話を聞いているからだろうか、シロは息が苦しいような思いがした。嫌なにおいが漂っている気がする。
「…柄にもねぇ…」
「ん? なんか言った?」
「いや、別に」
 見上げてくるクロの方を見もせずにそう答えて、シロは大きく息をした。
「あ」
 前を行くミドリが立ち止まった。狭い路地だ。三人はほぼ縦一列に並んでいる。ミドリのすぐ後ろにいるクロは見えていないようだが、二人よりも背の高いシロには見えた。
 子どもがいる。
 建物と建物の間に、息を潜めるようにしてその子どもはうずくまっている。元の色が判らないほどの襤褸切れを身にまとい、髪はぼさぼさで枯れ木のような身体の骨は浮いている。まさに骨と皮だけ、といった様相だ。裏路地の、さらに奥まったところにいて顔を下に向けているので、子どもはまだシロたちに気が付いてはいない。いや、気付いていても顔を上げられないのかもしれない。
 ミドリが少し身体をずらして、クロも子どもを見た。息を飲む音。顔を見なくても解る。きっと愕然としている。
 クロなら駆け出す。そう思っていたので、シロは難なくクロの腕を掴んで止めた。
「シロ!」
「決行は夕暮れだ。忘れたか」
「で、でも」
「今連れ出して、見つかったらどうする。逃げるのは簡単だが根本的な解決にはならん。生贄も連れ出せなくなる」
 冷静なシロの言葉に、クロはしばらく葛藤していたようだったが、やがて身体から力を抜いた。
「…わかった…」
 シロが腕を話す頃には、クロの目には涙が溜まっていた。
「座敷牢に入れられるのは、具体的に何時ごろだ」
「明るい間は外にいます。村人が夕飯を食べる頃には入れられているはずです」
「その頃には外にいる人間もまばらだろうな」
「ええ」
「座敷牢の場所は知らないんだったな」
「ええ。すみません」
「別に構わん。あのガキを夕方まで見張ればいい。とは言っても、村人の中にも見張りはいるだろうな」
「おそらく。けれども抵抗はしない相手ですから、いても二人程度だと思いますが」
「二人か…。ならものの数じゃない」
「心強いです」
 そうは言っているが、ミドリだって鎖鎌を振り回していた。基本の花嫁修業らしいから、村人の一人や二人、ミドリでもなんとかなるだろう。
「では、次は邸の方へ」
 ミドリが言って、子どもを避けるようにして表通りへと向かう。クロは、見えなくなるまで何度も振り返っていた。
 俯きがちなクロの背中を、シロはぽんと叩く。
「今夜には助ける。……助けるんだろ、お前が」
 俯いていたクロが、顔を上げた。その目に涙は堪っていない。
「うん。必ず助ける」
 前を行っていたミドリが、振り返って微笑んだ。

 学校を横目に見ながら通り過ぎ、少し山の方へ行ったところにその邸はあった。確かに周囲の家とは違う。なにが違うと言えばまずは佇まいが違う。家の周囲にぐるりと板塀があり、中が見えないのだ。ただ、ミドリが言っていたように、用心棒の類は見当たらない。忍び込むのは容易に見えた。
 三人が立っているのは山の入り口。大きな木の影に身を潜め、邸の裏口を見つめている。しばらくそのまま板塀を眺めていたクロが、よし、と発した。
「ちょっと下見に行ってくるね」
「え、下見と言っても、これ以上近づいては…」
 心配そうな声をあげたミドリに、クロはにっこりと笑った。
「大丈夫」
 そう言って、クロは走り出した。たたた、と軽快な足取りで走り、ひょいっと板塀を飛び越える。
「クロさん!」
「大丈夫だ。ちょっと待ってろ」
「けれど、もしヒトに見つかったら…」
「近くにはいない。そのくらいは気配でわかる」
 あっさりと言ったシロに、ミドリは目をぱちくりとさせたが、やがて納得したようだった。
「そうですか…」
「あんたも、近くの人間の気配くらいはわかるんだろ」
「え? いえ、私は…」
「さっきの丘から見た道順と、ここに来るまでの道順が違っていた。実際に歩ける道が違うだけかとも思ったが、ここに来るまで、誰とも擦れ違わなかった。あんた、意図的に避けたんだろ?」
「…気付いていましたか」
「たぶん、クロもな」
 ミドリはうつむいた。
「すみません…」
「なんで謝る。別に悪いことじゃない」
 素っ気なく言ったシロに、ミドリは少し笑った。
「クロさんのおっしゃる通りですね」
「なにが」
「秘密です。女同士の話ですから」
「なら最初から言うなよ」
「すみません。つい」
 居心地の悪さを、シロは感じていた。この女と二人になったのが初めてだからかもしれない。
「シロさん」
「なんだ」
「クロさんとは、ずっと旅を? 今までも、これからも、ずっと」
「……なにが言いたい」
「ただの好奇心です。答えたくないなら無理にとは…」
「そういうわけじゃない。旅は、気の向くままにするつもりだ。あいつが気に入る土地があったら、根を下ろすのもいい」
「すべてはクロさん主体なのですね」
「あいつがなにかすると決めたら、覆させる方が面倒だからな。言うこと聞いた方が早い」
「妹さん思いなのですね」
「違う。面倒事が嫌いなだけだ」
「お二人は、他にご家族は?」
「いないし、消息は知らん」
「そうですか」
「あんたこそ、兄貴以外の家族は」
「おりません。生きているのは私だけです」
 寂しそうに笑うミドリに、内心しまったと思ったが、シロは口にも顔にも出さなかった。
 足音がした。
 クロのものではない。反射的に、シロとミドリは木陰に入り気配を殺して周囲を窺った。
 裏口に近づいてくる人間がいる。見つからないようにそっと確認すると、近づいているのは先ほど裏路地で見た子どもだった。
「…あれは…」
 鬼役の少年だ。なぜ生贄が軟禁されている邸に。
 いや、それよりも。
 今、中にはクロがいる。
「クロさん…」
 ミドリがつぶやく。
 そう簡単に見つかるようなへまを、クロはしない。ただし、それは普段ならの話だ。
 あの少年を見た瞬間から、クロは明らかに同情の念を寄せている。そんな状態で少年を見つけたら、今すぐ連れ出そうとするかもしれない。
 どうする。
 迷っている暇は無かった。少年はもう裏口から中に入ろうとしている。シロは足音を立てないように木陰から飛び出た。
 少年の姿が消えてから、板塀を一足飛びで越える。庭に植えてある樹木に身を隠し、クロの気配を探す。邸の中には複数人の人間の気配がしたが、クロの気配ならすぐに判る。
 見つけた。
 シロとはちょうど反対側の、正門側にいるようだ。周囲を見渡してから、シロはまるで影のように静かに移動する。
 正門を入ってすぐにある馬小屋の影に、クロはいた。
「クロ」
 静かに声をかけると、クロは肩をびくつかせた。彼女らしくもなく、シロにまったく気が付いていなかったらしい。顔面蒼白だった。
「どうした?」
「……あれ…」
 クロが指さす方向を見る。さすがにシロも言葉を失った。
 居間があった。大きな硝子戸。床は畳。広さは二十畳ほどか。
 そこに、牢があった。一畳ほどの広さしかないその牢は、居間の下座側に据えてある。牢があるだけでも問題だが、もっと問題なのは中身だった。
 中にはヒトがいる。一畳ほどしかない面積に、人間が二人、容れられているのだ。二人ともが、年端もいかない子どもたちだ。狭い牢に身を寄せ合って、膝を抱えて座り込んでいる。その視線は、つまらなさそうに中空を見つめていた。ただ、子どもらしい健康的な体格と肌の色つや、ちゃんとした衣服を身に着けている点が、裏路地にいた少年とは決定的に違っていた。
 どういうことだ、あれは。
 疑問符で頭がいっぱいになるシロ。そこに、先ほど裏口から入ってきた少年が姿を現した。少年の後ろにはやたら上品な小袖を来た女がいる。女が牢の扉を開けると、中に入っていた子どもたちが外に出た。代わりのように、少年が特に抵抗することも無く牢に入る。牢から出た子どもたちは伸びをしたり女に何か話しかけたりしている。そこに悲壮感はない。
 女は袖から取り出した鍵で牢を施錠した。外に出た子どもたちとともに居間を出て行く。そうして、そこにいるのは少年だけになった。少年が牢に入ったので、その時やっとシロとクロは少年の顔を確認した。
 死人のようだった。
 身を潜めていたクロが、ふらりと動き出す。
「クロ」
 とっさに腕を掴む。
「シロ…。なにあれ」
「わからん」
「なんであんな、子どもが…」
「とにかく、出るぞ。依頼人に報告しねぇと」
「もうこの家に押し入ってあの子連れ出そうよ」
「馬鹿言うな。生贄の方はどうする」
「だって!」
 大きな声を出したクロの口を反射的に手で塞ぎ、シロはそのままクロを抱え込んだ。そうして、もと来た道を戻る。クロは抵抗していたが、技ならともかく力ではシロには敵わない。
 口に当てたままの手が濡れていくのが分かったが、シロはとにかくその場を離れることに専念した。

「子どもが牢に!?」
「ああ。戻ってきたガキと入れ替わりで出て行った」
「どういうことですか、それは」
 中で見たことを話すと、ミドリは驚愕した。予想もしていなかった事態らしい。シロは腕を組んで、眉間に皺を寄せていた。座ると落ち着かないので一人で立っている。
「大体の予想はついてる」
「え?」
「胸糞悪い予想だがな」
 三人は村から離れ、森の中にいる。クロはずっと泣いていた。今もうずくまって涙を流し、その背をミドリが優しくさすっている。
「ひどい…。ひどい、あんなの」
 狭いところに、まるで荷物のように容れられて、あんなに痩せて、ぼろぼろで。その顔はまるで死人のようだった。生きながらに、死んでいるようだったのだ。
 邸に忍び込んだクロは、屋根裏を通ってまず生贄の部屋らしき場所を見つけた。豪華絢爛、とまではいかなくとも、広くて綺麗で清潔な部屋だった。上品な家具が置かれ、文机も凝ったものがしつらえてあった。
 屋根裏を移動し大体の邸の見取り図を頭に入れて、それからクロは退路の確保をするため外に出た。身を潜められる場所を探して馬小屋に行きつき、そこで先ほどの牢を見たのだ。
 隠されることも無く堂々と居間に置かれた牢。あの家に出入りする者なら必ず見るであろう場所。そこに臆面も無く置かれているということは、みんなが黙認しているのだ。その残酷な状態を。
 まるで公開処刑だ。あんな、小さな子どもを。
「助けなきゃ…。助けなきゃ…」
「落ち着け。大丈夫だ。あんなところにいるのも今日までだ」
「だってあの女のヒト、あの子が入ってから鍵を出したんだよ!? 開ける時は鍵なんて持ってなかった!」
「知ってるよ。見てた」
「ってことは、二人の子どもは閉じ込められてなかったんだよ。あれ、きっと人質だよね!?」
「ああ。俺もそう思う」
「人質…?」
 一人意味が解っていないミドリに、シロが面白くもなさそうに説明する。胸糞の悪い予想の内容を。
「言うまでもないが、座敷牢があるのはあの居間。まあ確かに、生贄二人は同じ場所にいさせたほうが面倒は少ないからな。それでたぶん、あの鬼役は自分が帰って来なかったら代わりに子どもたちを処刑するって言われてるんだ。毎日裏路地を探して座敷牢に放り込むよりも、自分で戻ってきてくれた方が手間も省けるし、あの場所なら鬼が逃げ出そうとしても衆目が放っておかない。人質を一人ではなく複数にすれば、それだけ保護者の目も増える。時間になっても鬼役が戻って来なかったら、人質の保護者たちが一斉に探し出すんだろう。で、なんで遅くなったってぼこぼこにされる。人間…とくに子どもは暴力が怖いから、自分から牢に戻るようになる」
 話している途中からミドリの目が見開かれていく。
「そんな…。そこまで、ひどくなっているなんて…」
「あくまでも予想だ。だが、大して外れていないはずだ。牢から出た子どもの一人が、鍵を持ってた女に『今日も戻ってきたから帰っていいんでしょ』っつってたからな」
「聞こえたんですか?」
「少しなら唇が読める」
「そう…でしたか…」
 ミドリはうなだれた。仮にも自分の出身地がここまで腐っていれば、衝撃はかなりのものだろう。赤の他人であるクロでさえ、こんなに心を痛めているのだから。
「ここまで腐敗しているなら、説得は難しいかもな」
 シロの言葉に、ミドリは反応しなかった。自分でも、難しいと思い始めたのかもしれない。
「ねぇ、もうあの子だけ先に連れ出しちゃ駄目?」
 泣きはらしたクロがミドリに詰め寄る。ミドリもつらそうな顔をしているが、首を横に振った。
「そうしたいのは山々です。けれども、それでは根本的な解決にはなりません。シロさんの言っていた通りです」
「でも!」
「それに、鬼役が消えたら人質の子どもたちがどうなるかわかりません。村人が疑心暗鬼に捉われれば、さらなる悲劇を生むかも…」
「それは…」
 腕を組んで立っていたシロが、腕を解いてクロの正面に屈んだ。
「手段は無くもない」
「え…」
 言い切ったシロに、女二人は縋るような視線を向けた。

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